開放
出典: Suzutayu's「べネズエラの政治」
Apertura
民主行動を追放されたカルロス・アンドレス・ペレス (CAP) が作った政党。新自由主義を正面から掲げる経済最右翼だが、勢力はごく小さい。
1998年大統領選挙では、はじめクラウディオ・フェルミンとの提携を探っていたが、春までに決裂し、5月30日に自党からミゲル・ロドリゲスを擁立することに決めた。選挙結果はまったくふるわず、ペレスの地元タチラ州で下院議員2名を当選させただけだった。 1999年の憲法制定会議議員選挙には、ペレスが立候補したが、15位で落選した。2000年選挙では国政からも州政からも姿を消した。
私が思うに、開放の重要性はその完全な失敗にある。経済開放は1990年代のラテンアメリカ諸国の経済政策を律した鉄の掟とでも言うべきものだったのだが、政治的には不人気だった。とりわけベネズエラではまったく人気がなかった。新しい時代を担うものと期待された政治家は、こぞって経済自由化の改革政治を掲げたが、そのつど惨敗を喫した。開放もまたその轍をふみ、誕生とほとんど同時に政治舞台から消え去ることになった。経済自由化・民営化を志すなら、国民に正直であってはならない。就任してから支持者を裏切ることが必要なのである。しかしそれでは持続的な支持組織を築くことはできない。ベネズエラに個人政治家が繁茂するのも無理はないのだ。
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