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ベネズエラ共産党

出典: Suzutayu's「べネズエラの政治」

Partido Comunista de Venezuela (PCV)。ベネズエラ現存最古の政党で、由緒ある共産党。最近まで議会勢力ゼロだったが、2005年に7議席を獲得した。チャベス政権を支持している。

目次

独裁政権に対する迎合戦術

 1931年に創設された。現存する政党の中ではもっとも歴史が古い。創設当時のベネズエラはゴメス大統領の独裁下にあった。共産党の勢力は微々たるものだったが、黎明期の労働運動と歩調をあわせて次第に力を伸ばしていった。ゴメス後の権威主義体制下では、民主行動(AD)の前身とともに有力野党であった。この頃の共産党は労働運動内部での勢力では民主行動よりやや勝っていたが、農民の組織化に無関心だったことが、後で響くことになった。

 野党としての共産党の立場の苦しさは、「封建社会のベネズエラでブルジョワ革命を先行させるため」、「第二次世界大戦での連合国支援のため」、といった名目で、反政府活動を控えた点にあった。ゴメス後の後継政権は、決して民主的ではなかったが、軍人独裁が世の中の流れに逆行していることは承知しており、ベネズエラの近代化のために幾分かの法改正をしたり、民主主義国としての形を整えたりしていた。共産党はこの動きに敏感に反応して態度を変え、政府に影響力を行使している気分に浸った。しかしその実、民主行動と同様に弾圧にさらされていた。

 1945年に共産党はゴメスの後継者イサイアス・メディナ・アンガリタ大統領を支持し、別の後継者エレアサル・ロペス・コントレラス前大統領と対抗していた。しかしこの年、民主行動の影響下の軍人がクーデターを起こして政府を転覆した。この軍人たちは臨時政府をロムロ・ベタンクールの手にゆだね、ベネズエラは大改革の時代に入った。こういう情勢ではメディナもロペスも過去の遺物でしかなく、ベネズエラ共産党はまったく面目を失った。共産党は民主化の役に立たなかった。農地改革にも関わらなかった。近代化志向の諸改革を実施したのは民主行動であり、共産党ではなかった。そのため共産党は労働運動内部でも相対的に影響力を低下させた。

民主政府に対する武装闘争

 1948年から1958年のペレス・ヒメネス独裁に対しては、他党と協力して反政府活動を行った。この時弾圧の矢面に立ったのは民主行動だった。ベネズエラ共産党は反体制の大衆運動を民主行動とともに担い、1958年に今度こそ民主化勢力の一員として有力四党のうちに数えられた。

 しかしその後、民主行動のロムロ・ベタンクール政権は反共路線をしだいにあらわににした。さらに対岸のキューバから革命成功の報が入ると、共産党は地下活動時代に協力した民主行動左派とともに政府打倒をもくろむようになった。共産党は、その民主行動左派、革命的左翼運動(MIR)と同調して、1960年に反政府ゼネストに打って出た。これが労働者の支持を得られず失敗に終わると、両党は農村部に入ってゲリラ戦をはじめた。しかし農地改革後の農村は民主行動とコペイの牙城になっており、ゲリラは農民の同情を得られなかった。

 武装闘争路線の失敗は1960年代の早いうちに明らかになった。武装闘争に関与したことで、共産党は労働運動内部でも影響力を失った。失敗を見て、1970年社会主義運動(MAS)が共産党から分離して武装闘争を止め、都市中間層を中心に支持を伸ばしはじめた。共産党と革命的左翼運動も後に武器を置いたが、かつての力を取り戻すことはできなかった。

チャベス支持の現在

 1970年代以降のベネズエラ共産党は、幾人か多少有名な左翼活動家がいるが、選挙では無意味な小政党だった。党の幹部には70才代が多く、その点でも、きっと若い人が入らないせいだろうなあ、というような憶測を呼ぶものがあった。

 共産党は、1998年にチャベスが台頭すると、ウゴ・チャベスを支持した。与党寄りの新聞「ディアリオ・ベア」の編集長が共産党員である。だが、得票できないことはかわらず、チャベス派の中でも数のうちに入らなかった。

 しかし、2005年12月の議会選挙では、野党が選挙をボイコットしたために左翼小政党にチャンスがめぐってきた。ベネズエラ共産党は大躍進を遂げ、ゼロから7に議席を増やした。2006年7月20日の党大会で、カレラ議長は「PCVはもう力尽きた、死んだといわれてきたが、この大会はわが党が生き生きと存在し、たたかっていることを示している」と演説した。[1] 続いて、野党が参加した2006年12月の大統領選挙で、チャベスを支持して34万票、3%を得た。皆のための祖国(PPT)が5%、ポデモス(PODEMOS)が7%だから、小政党としては悪くない。共産党から分かれた(旧)新左翼の急進大義(LCR)の0.2%や社会主義運動(MAS)の0.6%より多い。共産党の独自の主張が認められたというわけではなさそうだが、とにかくどうやら、まだ力尽きていなかったようだ。

 共産党つながりで、日本共産党とは友好関係にある。

  1. 「赤旗」2006年7月22日付

"http://suzutayu.s156.xrea.com/Venezuela/index.php/%E3%83%99%E3%83%8D%E3%82%BA%E3%82%A8%E3%83%A9%E5%85%B1%E7%94%A3%E5%85%9A" より作成

このページは 596 回アクセスされました。 最終更新 2006年12月19日 (火) 04:20。 Content is available under 帰属-派生禁止 2.5 .


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